警備業の変形労働時間制、正しく導入できていますか?― 形だけの導入が招く未払残業代リスクと実務整備のポイント|山田社会保険労務士事務所
警備業に関するコラム Series.6

警備業の変形労働時間制、正しく導入できていますか?
― 形だけの導入が招く未払残業代リスクと実務整備のポイント

「協定届は出した」「シフト制にしている」では不十分です。
導入要件・時間外の判定方法・就業規則の記載まで、警備業の実務に即して解説します。

未払残業代リスク
労基法第32条の2・32条の4
シフト事前特定の義務
時間外判定の3段階ルール

夜勤・24時間勤務・イベント集中型のシフトが当たり前の警備業では、 通常の「1日8時間・週40時間」の法定労働時間をそのまま適用すると、 現実のシフト管理と制度の間に大きなズレが生じます。 このズレを合法的に解消する手段が変形労働時間制ですが、 「名目上は導入している」が「実態は無効」というケースが非常に多いのが現場の実態です。

01

なぜ警備業に変形労働時間制が必要か

変形労働時間制を活用すると、繁忙日・繁忙週に法定時間を超えた所定労働時間を設定しても、 期間内の平均が週40時間以内であれば時間外労働として扱わないことができます(事実・労基法第32条の2・第32条の4)。 警備業で特に効果を発揮するのは以下のシーンです。

📌 変形労働時間制が活きる警備業のシーン 施設警備(24時間勤務):9:00〜翌9:00の24時間勤務を所定時間として設定することで、翌日を明け休みにしても週平均40時間以内に収めやすくなる。

交通誘導・イベント警備(繁忙期集中):年末年始・夏祭り・工事繁忙期に多い日を10時間設定し、閑散期に6時間へ圧縮することで割増の「不要ゾーン」を拡大できる。

宿直・仮眠含む長時間拘束:拘束時間が長い宿直シフトの所定を事前に特定することで、期間通算の時間外を適正に管理できる。
🚨 導入しないと生じるコスト増の実態 変形労働時間制なしに24時間勤務や10時間超シフトを組むと、8時間超の全時間が時間外(割増25%)かつ夜間帯は深夜割増(25%)が加算されます。時間外+深夜の「ダブル割増50%」が毎勤務発生し、月60時間超で50%割増(2023年4月1日から中小企業含む全社適用)が重なれば人件費は急増します。制度整備はコスト管理の根幹です。
参照法令:労働基準法第32条の2(1か月単位変形)・第32条の4(1年単位変形)・第37条(割増賃金)
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1か月単位 vs 1年単位 ── 警備業での選び方

警備業で活用される変形労働時間制の2種類を、要件・上限・手続きの観点から比較します(事実)。

Labour Standards Act Art. 32-2
1か月単位の変形労働時間制
対象期間
1か月以内
1日上限
制限なし(所定として設定可)
1週上限
制限なし
連続労働
制限なし
導入手続き
就業規則への規定または労使協定の締結・届出のいずれか一方で可
36協定上限
原則 月45h・年360h
向いている現場
月ごとのシフトサイクルが明確な施設警備・宿直勤務
Labour Standards Act Art. 32-4
1年単位の変形労働時間制
対象期間
1か月超〜1年以内
1日上限
10時間以内
1週上限
52時間以内(3か月超の場合は追加制約あり)
連続労働
最長6日(特定期間は12日)
導入手続き
就業規則への記載+労使協定の締結・届出の両方が必要
36協定上限
月42h・年320hに読み替え(注意)
向いている現場
年末年始・夏祭りなど繁閑が明確な交通誘導・雑踏警備
⚠️ 1年単位を採用した場合の36協定上限に注意(事実) 1年単位の変形労働時間制を採用した場合、36協定で定める時間外労働の上限は通常の「月45時間・年360時間」から「月42時間・年320時間」に読み替えられます(労基法施行規則第17条)。1年単位を採用しているにもかかわらず36協定を通常基準で設定していると、上限超過の違反が発生します。
📌 1年単位・3か月超の場合に追加制約がある(事実) 対象期間が3か月を超える場合、次の制約が加わります。①1週48時間超の週が連続3週以下であること、②3か月ごとの期間に48時間超の週が3以下であること。警備業で1年単位を採用する場合はこの制約を踏まえたシフト設計が必要です。また年間労働日数は最大280日(3か月超の場合)が上限です。
参照法令:労働基準法第32条の2(1か月単位変形)・第32条の4(1年単位変形)・第32条の4の2(途中参加者の特例)/労働基準法施行規則第12条の2・第12条の4・第17条
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時間外労働の判定は「3段階」── 計算の落とし穴

変形労働時間制を導入しても、時間外労働がゼロになるわけではありません。 1か月単位を例に取ると、時間外の判定は以下の3段階で順番に行います(事実)。 各段階で発生した時間外を合算したものが割増賃金の対象です。

日単位の時間外

その日の所定労働時間が8時間以上の場合:所定労働時間を超えた時間が時間外。
その日の所定労働時間が8時間未満の場合:8時間を超えた時間が時間外。
※所定が10時間の日は10時間超から、所定が7時間の日は8時間超から割増が発生。

所定超 or 8h超 → 時間外
週単位の時間外(①で計上済みを除く)

その週の所定労働時間が40時間以上の場合:所定労働時間を超えた時間が時間外。
その週の所定労働時間が40時間未満の場合:40時間を超えた時間が時間外。
ただし、①で既に時間外として計上した分は重複除外します。

所定超 or 40h超 → 時間外(①除く)
変形期間全体の時間外(①②で計上済みを除く)

変形期間(1か月)の法定労働時間の総枠を超えた時間が時間外。
①②で既に計上した時間は除外します。
※総枠の計算:40時間 × 暦日数 ÷ 7(例:31日の月 = 177.1時間)

期間総枠超 → 時間外(①②除く)
⚠️ 「所定内残業」は割増不要だが通常賃金は必要 変形期間の総枠内であっても、その日・その週の所定労働時間を超えながら法定時間未満という「所定外・法定内」の時間は、割増賃金(25%)は不要ですが通常の賃金(基礎賃金100%)の支払いは必要です。「変形制を使えば残業代ゼロ」という誤解に注意してください(事実)。
📌 実務的な処理:「所定超は一律割増」で安全を取る方法 3段階判定は複雑なため、実務上は「設定された所定労働時間を1分でも超えた場合は割増賃金を支払う」という運用が合理的です(推定:実務慣行として広く採用)。過少払いのリスクを排除しつつ従業員への説明もシンプルになります。
参照法令:労働基準法第32条の2・第37条/労働基準局長通達(昭和63年1月1日基発第1号)
04

警備会社でよく見られる「形だけの導入」4パターン

労基署調査や未払残業請求で問題になる典型的な4パターンを整理します。 いずれも「導入しているつもり」でリスクが発生している状態です。

NG 01協定届は出したが就業規則に規定がない
1か月単位変形は「就業規則への規定」または「労使協定の締結・届出」のいずれか一方で足りますが、1年単位変形は就業規則への記載と労使協定の両方が必要です(事実)。就業規則に根拠規定がなければ、1年単位変形制の効力そのものが生じません。
対応 就業規則の労働時間条項に変形制の種別・対象期間・起算日・各シフトパターンの所定時間を明記する。変更後は労働基準監督署への届出と従業員への周知が必要。
NG 02シフトを事前に特定せず直前に変更している
変形労働時間制の核心的要件は、対象期間の開始前に各日・各週の労働時間を特定することです(事実)。「その都度シフトを組む」「前日に翌日のシフトを変更する」という運用では法的に変形労働時間制として認められません。制度不成立となり、8時間超の全時間が時間外として未払残業の一括請求につながります。
対応 1か月単位なら月初前にシフト表を確定・周知。1年単位は最初の区分期間を事前特定し、後続期間も少なくとも30日前までに労働者代表の同意を得て書面特定する。
NG 03月の総枠を超えても残業代を払っていない
「変形労働時間制だから残業代は一切発生しない」は完全な誤りです。第3章で解説した3段階判定の結果、期間の法定総枠を超えた時間は必ず時間外(割増25%)として支払いが必要です。月60時間を超えた分は50%(2023年4月1日から中小企業含む全社適用)。深夜帯は別途25%加算(事実)。
対応 勤怠管理システムで日・週・期間の3段階を自動集計する体制を整える。少なくとも月次で時間外発生の有無を確認し、翌月支払いで精算するフローを就業規則に明記する。
NG 04仮眠・手待ち時間を一律に変形制の枠外で除外している
24時間勤務シフトに仮眠時間を含む場合、仮眠中に即応義務や場所的拘束がある場合は労働時間と判断されます(大星ビル管理事件・最高裁平成14年2月28日判決)。変形制を導入していても、仮眠時間を含めた拘束時間全体を所定労働時間として設定しなければ、制度として機能しません
対応 仮眠時間の労働時間性を実態に基づき判断し、労働時間に該当する場合は所定に含めて変形制の枠内で管理する。就業規則に仮眠・手待ち時間の賃金処理を明記する。
05

法定労働時間の総枠一覧(月別)

1か月単位の変形労働時間制における法定労働時間の総枠は、 月の暦日数によって異なります(計算式:40時間 × 暦日数 ÷ 7)。 この枠を超えた時間が時間外労働として割増賃金の対象となります(事実)。

暦日数 法定労働時間の総枠 該当する月の例 備考
28日 160.0時間 2月(平年) 最短
29日 165.7時間 2月(うるう年)
30日 171.4時間 4・6・9・11月
31日 177.1時間 1・3・5・7・8・10・12月 最長
📌 1年単位は月42h・年320hが36協定の上限(再確認) 1年単位変形を採用した場合の36協定で定める時間外労働の上限は、原則として月42時間・年320時間に読み替えられます(労基法施行規則第17条)。1年単位採用時の36協定は必ず確認・修正してください。特別条項付きの年上限(年720時間など)は変わりません。
参照法令:労働基準法第32条の2・第32条の4/労働基準法施行規則第12条の2・第17条
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導入・整備のチェックリスト

自社の変形労働時間制が適切に機能しているか、以下のチェックリストで確認してください。 1つでもチェックが入らない項目がある場合、未払残業代リスクまたは労基署調査時の指摘リスクがあります。

📋 変形労働時間制 実務チェックリスト
就業規則・協定の整備
就業規則に変形労働時間制の根拠規定(種別・対象期間・起算日・シフトパターンの労働時間)が明記されているか
1年単位を採用している場合、就業規則への記載と労使協定の締結・届出の両方が完了しているか
1年単位を採用している場合、36協定の上限を月42時間・年320時間(読み替え後)で設定しているか
36協定を事業場ごとに締結・届出し、有効期限切れがないか(毎年更新が必要)
シフト・時間管理
各月(または各区分期間)の開始前に、各日・各週の所定労働時間を書面で特定・周知しているか
1年単位の場合、後続の区分期間の労働日・所定時間を少なくとも30日前までに書面で特定し、労働者代表の同意を得ているか
1年単位で1日10時間・1週52時間の上限を超えるシフトを組んでいないか
1年単位で連続労働日数が通常6日(特定期間12日)を超えていないか
時間外賃金の計算・支払い
日単位・週単位・変形期間全体の3段階で時間外を正しく集計しているか
変形期間の法定総枠(31日月なら177.1時間など)を超えた分に割増賃金を支払っているか
月60時間超の時間外については50%割増で計算しているか(2023年4月〜中小企業含む全社適用)
深夜時間帯(22時〜翌5時)の割増賃金(25%)を正しく計算・支払っているか
仮眠・手待ち時間
仮眠時間の労働時間性(即応義務の有無・場所的拘束・体制人数)を確認し、労働時間に該当する場合は所定に含めているか
就業規則に仮眠・手待ち時間の賃金処理(労働時間扱いの範囲)が明記されているか
1
1か月単位は就業規則または労使協定いずれかで可。1年単位は両方必須
2
時間外の判定は日・週・期間の3段階。「変形制=残業代ゼロ」は誤り
3
1年単位を採用した場合の36協定上限は月42h・年320hに読み替え
4
シフトの「事前特定・書面化・周知」がなければ制度は不成立
5
仮眠・手待ち時間の労働時間性を確認し、就業規則に処理方法を明記する
【参照法令・資料】労働基準法第32条の2(1か月単位変形)・第32条の4(1年単位変形)・第32条の4の2・第37条(割増賃金)/労働基準法施行規則第12条の2・第12条の4・第17条/労働基準局長通達(昭和63年1月1日基発第1号)/大星ビル管理事件(最高裁平成14年2月28日・民集56巻2号361頁)

本コラムは情報提供を目的としており、個別案件の法的判断を保証するものではありません。具体的な労務問題については専門家にご相談ください。記載内容は検索時点の情報であり、法改正・行政通達の最新情報は厚生労働省公式サイトでご確認ください。
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